雲隠恋慕

消えたいくらい生きにくい毎日で生きたい理由を探す

#2 廻って吐いてもまた廻る

「お姉ちゃん、すごい可愛い!」
「ねえねえ、この曲踊れるようになったの」
「アイドル、楽しそうだなあ!」


自分はスタートに関しては恵まれた環境だったと思う。夢を叶えるにはどうすればいいか?それを教えて導いてくれる身内がいたから。綺麗な自慢のお姉ちゃんのこと。
「貴女もなればいいじゃない」
「なれるかなあ」
「大丈夫、保証する」
そんな言葉に押されて、お姉ちゃんの所属している事務所の今で言う研修生みたいなものになった。そりゃあ私だって自分のことをまあ人前に出れる顔だとは思っていた。運動神経もいい方だったからダンスレッスンを受けて、厳しい先生に褒めてもらったこともあった。


デビューが決まったのはそれから数年後。ようやく世界が私に追いついたな、なんて鏡の前で可愛い笑顔を作る練習をしたものだ。あの頃は絶対に真ん中でいっぱい歌割りをもらってやる!なんてギラギラしていた。衣装にフリルがいっぱいついて、研修生のときよりもっと可愛くなった。マネージャーさんに髪を切りなさいと言われたから言われるがまま肩まであった髪をばっさりと切った。ミニスカートはあんまり似合わなくなったかななんて思ったけど、そんなことは関係ない。私はお姉ちゃんみたいに可愛い曲を歌って踊って、いっぱいのサイリウムを見るんだ。それが出来ればいい。

皆の歓声が私だけに向けられている、スポットライトをいっぱいに浴びているのは私。それだけで最初は嬉しかった。

 


なのに、人は貪欲だ。

 

「みなさーん!」

何回も何回も繰り返しているのに、その後の言葉が詰まった。嬉しいからじゃない。こんな大声出さなくても、後ろまで聞こえるじゃん。そんな皮肉が脳裏を掠めた。

恵まれていたのはスタートだけだった。そこから切り開く自分の道は、先も見えないくらいに茨でいっぱいだった。

半年かけて日本各地のライブハウスを回った。平日昼間は学校、夜はレッスン。土日は朝早くに起きて色んなところに行って、色んな人に会って、色んな人と握手した。
楽屋でひと騒ぎした跡、メンバーみんなで死んだように寝た。毎日力を振り絞らないと笑顔なんてできなかったけれど、最後の方は口角が上がったまま表情筋が硬直していた。
でもどう頑張ってもファンは全然増えなくて、チケットは余って怒られるんだけどどうしたらいいのかわからなくて。
いつの間にか、お姉ちゃんのライブの動画は見なくなっていた。見る時間がないとか言い訳していたけど、お姉ちゃんの色でいっぱいの会場をもう冷静には観れなかった。

「チケット、また残ったんでしょ」
「どうしよう、このままじゃライブできなくなっちゃう」

いつもの土曜日、今日は地方でのライブだ。相も変わらずチケットは完売しないまま。メンバーが口々に弱音を吐く。

「頑張ろうよ」
「うん」
「……頑張ろうって、どう頑張ればいいの」
「……そりゃあ、ダンスも歌も」
「やったって、埋まってないじゃん」
「まだまだ足りないんだよ」
「まだ…まだ」

メンバーの1人が静かにポロポロ泣くから、私たちも我慢出来なくなって。
子供みたいに、って言っても子供だけど、みんなでわんわん泣いた日もあった。

 

 

 

夜中、急に不安になることもある。眠らないといけないのに、染み付いた振りを何度も繰り返さないと安心できないこともある。
ネットの検索履歴には自分の名前がいつも入っている。

応援してくれてるファンのことを思うと涙が出てきてしまうこともあった。 ありがたいのもあるけど、何もできていない自分が情けなくて。
先輩たちはすごく可愛いし、同期は歌うまいし、面白いし、なんでもこなすオールラウンダーだし。そもそもうちじゃなくても、かっこよくて素敵なグループはいっぱいいるのに。
みんなは胸を張って私の名前を口に出せてないんじゃないかなんて考えてしまう。

 

最初の頃に持ってた自信とか長所は勝手にぜーんぶなくなっちゃった。笑っちゃうね。

 

 

 

影の苦労も絶対に必ずすぐに報われると思っていた。
いじられ役はありがたいと思いなさい、なんて言われたから我慢もした。
アイドルになったら自分のことを嫌う人がたくさん増えるなんてそんなこと知らなかった。お姉ちゃんはそんなこと言わなかったから。

 

試しにお姉ちゃんの名前で検索してみても、誹謗中傷はいっぱい出てきた。
1度お姉ちゃんに自分の嫌味を見たことがあるか聞いてみたら、「勿論」と返された。


「気にしないの?」
「そりゃあ夜に見てうわあってなることもあるけど、私はアイドルだから。ファンの人に笑顔になってもらうのが仕事でしょう。嫌なことを引きずってちゃファンはすぐ気づいちゃう、ありがたいことに自分以上によく見てくれてるからね」
「やっぱりすごいな、お姉ちゃんは」
「そんなことないよ。貴女もできる。どんな状況でも、今を楽しむのが1番いいよ」

 

 

 

アイドルの前に人間、なのかもしれない。でもアイドルがそんなこと表で言っちゃアイドルとしてお終いだよね。
せめて弱音を言うなら、みんなが笑えるようになってから、笑い話として言わなくちゃ。だからもう少し、もう少し。私達がいてよかったと、いつか私のことを嫌いな人達にも言ってもらえるように。
それまでは、腐っても嫌になっても走り続けなきゃ。走り続けるには笑わなきゃ。心から。歌が楽しい、踊りが好き、キラキラ光っていたい。これだけはずっと変わらない。

もちろんこの気持ちがなくなればアイドルは辞めるつもりだ。でもどんなに傷だらけになってもそんなことはないんだろうな。

 

だから太陽みたいに笑っているよ、まだまだ先の旅立ちの春まで。

 

 


※このお話はフィクションです