雲隠恋慕

消えたいくらい生きにくい毎日で生きたい理由を探す

#1 滝を昇る狂犬達を知ってるかい

その夜は滝のような雨だった。
傘を忘れた俺は途方に暮れていた。ここから駅や地下街やコンビニまでは遠いのだ。10時には雨が上がるといっていたが、時計を見ればまだ8時。喫茶店に行ってもいいけれど、作業はもうさっき終わらせてしまったから2時間も待ちぼうけはさすがに時間が勿体無い。

 

そういえばこのあたり、ライブハウスがあったな。あそこくらいまでなら、まあ走ればずぶぬれにはならない。ライブは大体10時すぎに終わるから、丁度いい。ライブハウスは地下にあり、入口の階段前には今日の公演のポスターが貼られている。

 

行って見ると、楷書で 

「瀧昇」

なんとも渋い題名だが、すごいな今日にピッタリじゃん。
なんて思ってしまえば今夜の予定は決まり。当日券を買った。

 

 


分厚い扉を開けてみると、予想していたよりもフロアは混んでいた。人のあいだをすり抜けてバーカウンターで氷結を貰い、ステージを眺める。ちょうどバンドとバンドの出番の間、所謂転換の最中だった。
グローブをはめた金髪の青年がてきぱきとドラムをセットして、叩き心地を確かめていた。スティックの持ち手は赤みがかっている。練習の合間に血でも出たのだろうか。


「もっとお願いします」
「もっと、もっとお願いします!」
そんな声もかなり聞こえた。どうやらギターとベースが楽器の音量をもっと上げてほしいと頼んでいるみたいだ。とはいえ何回も色んな声で聞こえたので、どの楽器担当も同じことを言っているのだろう。
ボーカルもギターを少し弾いてはその言葉を繰り返していた。くるくるに巻いた前髪は顔の下まで伸びていて、なんだかやせ細ったプードルみたいだ。「ギター、もっとお願いします!!」おいおい、このままだと楽器の音でボーカルの声かき消されるんじゃねえの。大丈夫か。


そんな心配も知らぬ顔、というか前髪で顔なんて見えないのだが。
アルペジオを弾いて、ア、ア。咳払い。
「最高です、ありがとうございます」
黒い狂犬がにやりと笑った。

この後彼らが龍となり、この瀧を昇る様をまじまじと見せつけられる話はまた別の機会に。

 


※このお話はフィクションです